「希望を持ってください。」
「きっと未来は明るいです。」
「前向きに考えましょう。」
そんな言葉をかけられても、心が動かなかったことはありませんか。
私は何度もありました。
むしろ、「希望を持てない自分は弱いのではないか」と、自分を責めてしまうことさえありました。
でも今は、少し違う考えを持っています。
希望が持てないことは、悪いことではありません。
もしかすると、希望がないのではなく、自分の苦しさをまだ理解できていないだけなのかもしれません。
この記事では、私自身の経験を振り返りながら、「希望」とは何か、そしてなぜ私は「希望は理解の先に生まれる」と思うようになったのかを書いていきます。
希望が持てなかった頃の私
私はこれまでの人生を振り返っても、「希望に満ちていた」と胸を張って言える時期は、あまりありません。
いつも何かしら不安がありました。
人の目が気になる。
自分に自信が持てない。
周りと比べてしまう。
将来が不安になる。
そんな気持ちが、いつも心のどこかにありました。
特に苦しかったのは、うつ病を経験した時期です。
その頃は、希望があるかどうかよりも、「今日をどう乗り越えるか」で精一杯でした。
当時の私は、
「もっと強くならなければ。」
「みんな頑張っているのだから、自分も頑張らないと。」
そう考えていました。
でも今振り返ると、自分だけを責め続けていたように思います。
もちろん、すべてを環境のせいにするつもりはありません。
それでも、自分に合わない環境や人間関係の中で無理を続けていたことは事実でした。
今は、「自分が弱かった」のではなく、「自分に合わない環境で、自分を責め続けていた」ことが苦しさにつながっていたのだと考えています。
私が人の目を気にして、自分を責め続けていた頃のことは、こちらの記事でも書いています。
勘違い① 希望は気合いで作るものだと思っていた
会社員だった頃、私は人間関係に関する本を何冊も読んでいました。
毎朝、家を出る前には、
「俺はできる。」
と自分に言い聞かせていました。
その頃の私は、
「努力を続ければ、いつか希望が見える。」
そう信じていました。
もちろん、努力することは大切です。
努力によって変わることもあります。
しかし今は、感情は気合いだけでは変わらないと思っています。
苦手なことに毎日耐え続ける生活では、心は少しずつ疲れていきます。
だから私は、
「もっと頑張る。」
より先に、
「なぜこんなにつらいのだろう。」
を考えるようになりました。
当時は「努力が足りないから苦しい」と思っていましたが、今は「苦しさには理由がある」と考えています。
その理由については、こちらの記事で詳しく書いています。
勘違い② 未来が見えないから絶望すると思っていた
会社を辞めたとき、私は大きな不安を感じました。
会社員として働くことはもう難しい。
でも、お金は必要。
この先、自分はどう生きていけばいいのだろう。
当時は、
「未来が見えないから絶望している。」
そう思っていました。
しかし今振り返ると、本当に分かっていなかったのは未来ではありません。
今の自分でした。
私は、
何が苦手なのか。
どんな環境なら安心できるのか。
何を大切にして生きたいのか。
それを理解できていませんでした。
未来を変える前に、
まず今の自分を理解する。
その順番が、とても大切だったのだと思います。
以前の私は、「自己肯定感さえ高くなれば楽になれる」と思っていました。
しかし、それも私の勘違いの一つでした。
詳しくはこちらの記事で書いています。
勘違い③ 希望は誰かが与えてくれると思っていた
私は以前、YouTubeでスポーツ選手の苦難の歴史や、有名なアニメキャラクターの名言集をよく見ていました。
そのたびに、
「自分も頑張ろう。」
と思えました。
でも、その気持ちは長く続きませんでした。
動画を閉じると、また現実に戻る。
励まされても、自分の苦しさは変わっていませんでした。
私はどこかで、
「誰かが答えを持っている。」
と思っていたのかもしれません。
でも今は違います。
理解は、人から一方的にもらうものではありません。
誰かの言葉をきっかけにしながら、自分の中で少しずつ育っていくものです。
だからこそ、
誰かの正解ではなく、
自分なりの答えを見つけていくことが大切なのだと思っています。
希望は、理解のあとに自然と生まれる
今の私は、以前ほど「希望を持たなければ」と思わなくなりました。
代わりに、
「どうして苦しいのだろう。」
「何が自分に合わなかったのだろう。」
と考えるようになりました。
すると、不思議と安心できる瞬間があります。
現実がすぐ変わるわけではありません。
問題が一瞬で解決するわけでもありません。
それでも、
「自分が悪いだけではなかったのかもしれない。」
そう思えるだけで、心が少し軽くなることがあります。
私にとって希望とは、
未来を無理に信じることではありません。
「自分に合う生き方や環境はあるかもしれない。」
そう思えることでした。
そして、その気持ちは努力で無理につくったものでも、誰かから与えられたものでもありません。
自分を理解していく中で、少しずつ自然に生まれてきたものでした。
まずは、自分を責める前に理解してみる
この記事では、「希望」について、私自身の経験をもとに書いてきました。
もちろん、希望の感じ方は人それぞれです。
この記事の考え方が、すべての人に当てはまるとは思っていません。
ただ、私にとって希望とは、
未来を信じることではなく、
今の自分を理解することから始まるものでした。
もし今、希望なんて持てないと思っていても、大丈夫です。
無理に前向きにならなくてもいいと思います。
まずは、
「どうして苦しいのだろう。」
と、自分に問いかけてみてください。
自分に合わなかった環境。
苦手だった人間関係。
我慢し続けてきたこと。
傷ついた経験。
そうしたものを少しずつ言葉にしていくこと。
そこから理解は始まるのだと思います。
そして、
理解の先に安心が生まれる。
安心の先に、小さな挑戦が生まれる。
その先で、あなたなりの希望に出会えることがあるのかもしれません。
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私が「自分はネガティブな人間だから」と決めつける前に、具体的な場面へ戻って考えるようになった経緯を、次の記事にまとめました。
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