自己肯定感が低かった私が勘違いしていた3つのこと

夕日を見つめながら一人で考え込む人物の後ろ姿 自己肯定感

はじめに

「自己肯定感は高いですか?」

もし誰かにそう聞かれたら、私は今でも「低いです」と答えると思います。

昔から、「高い」と答える選択肢は自分の中にありませんでした。

もちろん、高いほうが生きやすいのかもしれません。

それでも今は、「もっと自己肯定感が高ければよかった」と過去の自分を否定したい気持ちはありません。

この記事を読む前に、一つだけ考えてみてください。

あなたは、自分の自己肯定感を高いと思いますか。それとも低いと思いますか。

すぐに答えが出なくても大丈夫です。

この記事が、その問いを一緒に考える時間になればうれしく思います。


自己肯定感が低かった頃の私

大学生の頃、大学構内を一人で歩くことが苦手でした。

「友達がいないと思われているんじゃないか。」

そんなことばかり考えていました。

社会人になってからも同じです。

朝、会社へ向かう電車の中では、

「今日は何か失敗するんじゃないか。」

そんな不安が頭から離れませんでした。

当時は、それが普通でした。

自己肯定感が低いことを疑問に思うこともありません。

悪い未来を想像するのが、自分にとって当たり前の日常になっていたからです。

今振り返ると、私は「現実」を見ていたのではなく、「起こるかもしれない最悪の未来」を見ながら生きていました。

あなたにも、似たような経験はありませんか。

もし少しでも重なる部分があるなら、この先も安心して読んでください。

この記事は、そんな頃の私が勘違いしていたことを書いたものです。


勘違い① 「何かできる人に価値がある」と思っていた

中学生や高校生の頃の私は、「すごい人」には共通点があると思っていました。

部活でレギュラーとして活躍する人。

大会に出場する人。

友達が多く、誰とでも自然に話せる人。

恋人がいる人。

そんな人たちを見るたびに、

「自分もああならなければ。」

そう思っていました。

だから、本当は得意でもないのに明るく振る舞おうとしたり、人に合わせたりしていました。

振り返ると、自分らしさはほとんどありません。

「こういう人になれば認められる。」

誰かが作った基準を、自分の人生の基準にしていただけでした。

そして、その物差しは他人にも向いていました。

「あの人はすごい。」

「あの人はそうでもない。」

そんなふうに、人まで勝手に比べていたのです。

今思うと、とても苦しい生き方でした。

人の存在そのものではなく、結果だけを見て判断していたからです。

では、人の価値とは何なのでしょう。

私は今でも、その答えを持っていません。

だからこそ、この記事を読んでくださったあなたとも、一緒に考えていけたらと思っています。


勘違い② 人と比べ続ければ成長できると思っていた

会社員になってからの私は、「もっと成長しなければ」と焦っていました。

簿記の勉強をする。

IT資格を取る。

仕事術の本を読む。

自己啓発書を読む。

周りから見れば、勉強熱心だったかもしれません。

でも、本当は違いました。

「今の自分では足りない。」

その不安に追い立てられていただけです。

ある日、本屋へ行ったときのことを今でも覚えています。

資格や自己啓発の本が並ぶ棚を見た瞬間、

「まだこんなに勉強しなければいけないのか。」

そう思い、急に苦しくなりました。

何冊読んでも安心できません。

資格を取っても、また次が気になる。

終わりがありませんでした。

学ぶこと自体は、とても良いことです。

私も今でも勉強は好きです。

ただ当時の私は、「世間が必要と言うもの」を集めることばかりに夢中で、「自分に必要なもの」を考えていませんでした。

今なら思います。

本当に必要だったのは、人と比べ続けることではありませんでした。

自分はどんな環境なら安心できるのか。

どんな働き方なら力を発揮できるのか。

そこを知ることでした。

今いる環境は、あなたに合っていますか。

もし少しでも違和感があるなら、その感覚を大切にしてもいいのかもしれません。


勘違い③ 自分を変えないと幸せになれないと思っていた

大学生の頃から、心理学の本や自己啓発の動画をよく見ていました。

「考え方を変えれば人生は変わる。」

そんな言葉を信じていました。

だから、「もっと強くならなければ」と思い続けていました。

今でも、考え方によって見える景色が変わることはあると思っています。

その考え自体を否定するつもりはありません。

でも、当時の私は大切なことを勘違いしていました。

変える方向を間違えていたのです。

私は、本当の自分に近づこうとしていたのではありません。

「理想の誰か」になろうとしていました。

その差は、とても大きかったと感じています。

変わろうとすることは悪いことではありません。

挑戦したいと思う気持ちは、とても大切です。

ただ、その変化が自分を苦しめる方向へ向かっているなら、一度立ち止まってもいいと思います。

その変化は、本当にあなた自身が望んでいるものなのでしょうか。


今の私が思うこと

最近は、自分に「自己肯定感は高いか、低いか」と問いかけることが少なくなりました。

理由はシンプルです。

その答えよりも、「今いる場所が自分に合っているか」のほうが、ずっと大切だと思うようになったからです。

もちろん、不安がなくなったわけではありません。

未来がどうなるかは、今でもわかりません。

それでも以前より、肩の力を抜いて生きられるようになりました。

人生には、たくさんの分かれ道があります。

苦しい道もあります。

逃げ出したくなる道もあります。

でも、その先で「ここなら安心できる」と思える場所に出会えるかもしれません。

私は、その場所を探すことのほうが、「自己肯定感を高くすること」より大切なのではないかと考えています。


まとめ

ここまで、私が勘違いしていた三つのことを書いてきました。

もちろん、これは私自身の経験から考えたことです。

「自分も同じだ」と感じる人もいれば、「私は違うな」と思う人もいるでしょう。

どちらの感じ方も自然なことだと思います。

この記事を書き終えた今でも、「本当に伝えたいことが伝わっているだろうか」と少し不安になります。

自己肯定感には、一つの正解がありません。

だからこそ、答えを押しつけるのではなく、一緒に考えていきたいテーマだと思っています。

私が願っていることは、一つだけです。

いつか、「自己肯定感」という言葉を意識しなくても過ごせるくらい、自分にとって居心地のいい場所に出会ってほしい。

もしこの記事が、そのきっかけになれたなら、これ以上うれしいことはありません。

自己肯定感の低さを、すべて自分の内側だけの問題として考える必要はないのかもしれません。
どのような場所で過ごしているか、誰と関わっているか、自分に求められている役割が合っているか。環境との関係から苦しさを考える視点もあります。

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