仕事を辞めたら、自分には価値がないと思った
会社を辞めたあと、私は自分のことを、
「価値のないニート」
だと思っていました。
仕事をせず、お金も稼げないまま、実家で両親に頼って生活していました。
家族から見れば、病気で仕事を辞めて休んでいるだけだったのかもしれません。
でも、当時の私はそう思えませんでした。
お金がないことへの不安もありました。
親から「いつまでもこの状態ではいられないよ」と言われれば、焦りも強くなりました。
働いていない自分を見るたびに、自分は何もできていないような気がしていました。
それでも今振り返ると、不思議に思うことがあります。
私が失ったのは、まず仕事でした。
それなのに、なぜ私は、
「仕事がない」
という状態から、
「自分には価値がない」
ところまで考えるようになったのでしょうか。
この疑問について考えるために、会社を辞めたことで、自分は何を失ったと感じていたのかを振り返ってみました。
最初に思い浮かぶのは、もちろん仕事です。
でも、実際に考えてみると、それだけではありませんでした。
仕事と一緒に失ったと感じていたもの
まず大きかったのは、お金です。
働いていた頃は毎月給料が入り、そのお金で一人暮らしをしていました。
しかし、当たり前ですが、退職すれば、それまでと同じようにはいきません。
お金がないことへの不安があり、自分の力で生活できなくなったことも苦しかった。
そして当時の私は、「世の中から必要とされている人」について、あるイメージを持っていました。
働いてお金を稼いでいる。
一人暮らしをしている。
異性から求められている。
結婚して家族と暮らしている。
今振り返ると、そんな姿を思い浮かべていたのだと思います。
もちろん、会社を辞めた瞬間に、そのすべてを実際に失ったという意味ではありません。
ただ、自分が思い描いていた姿から遠ざかっていくような感覚はありました。
もう一つ思い出すのが、会社で後輩ができたときのことです。
後輩から何かを聞かれたり、頼られたりすると嬉しかった。
そのとき私は、
「自分にも価値がある」
と感じていました。
勤務先についても、似たところがありました。
就職先を聞かれて会社名を答えたとき、「すごいね」と言ってもらえるのは嬉しかったです。
自分を少し大きく見せられるような、自慢できるような感覚もありました。
ただ、
「大企業で働いていたから、自分には価値があると思っていた」
とまで言えるかというと、少し違います。
就職活動をしていた頃は、就職サイトで目にする会社の多くが大企業で、そもそも中小企業へ入るという選択肢をほとんど考えていませんでした。
実際、大企業に入ったことで自分の価値が上がった感覚があったかと考えてみても、そこまで強い実感はありません。
だから、大企業という肩書きだけが退職後の苦しさの原因だったとは思いません。
それでも、人に勤務先を話して「すごいね」と言われることを嬉しく感じていたのは事実です。
会社では同期と自分を比べることもありました。
周りの同期が仕事をこなしているように見える一方で、自分は苦しみ、やがて仕事を続けられなくなった。
そんな自分を見て、
「自分は心が弱い。だめな人間だ」
と思っていました。
そして私は、もう一つ考えるようになりました。
なぜ、こうしたものを失うことが、「自分には価値がない」という感覚につながったのだろう。
自分の価値を確かめるための「物差し」
仕事や収入、一人暮らし、誰かから必要とされること。
一見すると、それぞれ別のものです。
でも、自分にとってそれらがどんな意味を持っていたのかを考えていくと、少し共通しているものが見えてきました。
私は、働いてお金を稼いだり、誰かから頼られたりすることで、
「自分も世の中から必要とされている」
と感じていた部分があったのだと思います。
会社で後輩から頼られたとき、「自分にも価値がある」と感じていたことも思い出しました。
そう考えると、仕事や収入、誰かから必要とされることなどを、自分の価値を確かめるための「物差し」のように使っていた部分があったのかもしれません。
もしそうだったとすれば、退職後の苦しさも少し違って見えてきます。
会社を辞めて、仕事を失いました。
収入も、それまでの一人暮らしも、仕事の中で誰かから頼られる機会もなくなっていきました。
そして、そうしたものが自分の手元からなくなっていく中で、
「何も持っていない自分」
と、
「価値のない自分」
を、いつの間にか重ねて考えていたのかもしれません。
もちろん、本当に何もなかったという意味ではありません。
当時の私には、そう見えていたということです。
気づいても、「自分には価値がある」とは思えなかった
ここまで考えるようになったことで、退職後の自分を以前とは少し違う角度から見ることはできるようになりました。
でも、
「働いていなくても、自分には価値がある」
と思えるようになったわけではありません。
今でも、働いておらず、お金も稼げていない自分に対して、
「それでも自分には価値がある」
と言い切ることはできません。
仕事を辞めて苦しんでいた頃、家族から、
「あなたは、いてくれるだけでいい」
と言われたことがあります。
家族からは、仕事をしているかどうかよりも、「生きていてほしい」と思われているように感じました。
でも、当時の私は、その言葉だけで、
「それなら自分には価値がある」
とは思えませんでした。
心身の状態が悪かったことも、無関係ではなかったと思います。
それ以上に今振り返って感じるのは、私は自分自身に、
「何か価値を生み出せる人でなければ、自分には価値がない」
という考えを強く向けていたことです。
自分を低く見てしまうことについては、以下の記事でも自分の経験を振り返っています。
他の人が働いていなくても、「いろいろな事情がある」と考えることができます。
ところが自分には、
「自分ならもっとやれるはずだ」
と思ってしまう。
なぜ、自分にだけこんなに厳しくなるのだろうと思います。
友人には、同じことを思わなかった
もし、自分とまったく同じ状況にいるのが友人だったらどう思うか。
そう考えてみると、私はその友人を「価値のない人間」だとは思いませんでした。
仕事を失っても、お金を稼げなくなっても、それで友人としての大切さが変わるわけではありません。
なぜだろうと考えたとき、自分の中から出てきたのは、
「自分にとって友達とは、価値とか関係ないから」
という言葉でした。
ところが、自分には同じように思えません。
私は今も成果を出したいと思っている。
これまでの人生で目立った成果を上げてこなかったというコンプレックスもあります。
「変わりたい」
「このままで終わりたくない」
という気持ちもあります。
これは、人から褒められたいだけではありません。
もし世界中の誰にも自分の仕事や年収、肩書きを知られないとしても、それでも私は成果を出したいと思います。
成果を出そうと頑張っている自分でいたい。
だから、成果を求めること自体をやめたいわけではありません。
ただ、ここで一つ分からなくなりました。
成果を出したいと思うことと、成果を出せていない自分を「価値のない人間」だと思うことは、本当に同じなのだろうか。
そもそも、人の価値とは何なのだろう
そもそも、人の価値とは何なのでしょうか。
今の私にも、答えは分かりません。
働いていない人にも価値はあると思います。
誰にも好かれていない人や、誰かの役に立てないほど弱っている人を見ても、「価値がない」とは思いません。
でも、
「では、なぜその人には価値があると思うのか」
と聞かれると、うまく答えられません。
私が今言えるのは、価値を生み出せるかどうかに関係なく、人には生きる権利があると思っているということです。
ただ、それと、
「人にはなぜ価値があるのか」
は、私の中ではまだ同じ答えになっていません。
人の価値について調べれば、いろいろな考えが出てきます。
一つの考えを読んで「そうなのかもしれない」と思っても、別の人はまったく違うことを言っている。
そのたびに「どちらが正しいんだろう」と考えて、自分まで振り回されるのが嫌になりました。
だから今は、無理に一つの答えを決めなくてもいいのではないかと思っています。
人の価値とは何なのか。
今の私には、まだ分かりません。
以前とは違うところから、自分を見るようになった
今でも、成果や周りとの比較から自分を見てしまうことがあります。
一方で最近は、
「自分には価値があるのか」
ということだけではなく、自分が幸せだと感じる場面を探すことも増えました。
仕事を辞めた頃の私は、「死にたい」「消えたい」と思うほど追い詰められていました。
そんな頃の自分を思い出して、
「今日も生きられたな」
と思うことがあります。
やろうと決めたことを続けられた日は、
「今日も続けられたな」
と思うこともあります。
以前の自分と比べて何か変わったことはあるか、と考えることも増えました。
もちろん、それで自分の価値が証明されるわけではありません。
「頑張れたから価値がある」という、新しい基準を作りたいわけでもありません。
自分の価値を測るための「正しい物差し」があるのかどうかも、私には分かりません。
ただ以前より、自分を見る方法が一つではなくなってきたように思います。
今の私が思っていること
前述のとおり、会社を辞めた頃、私は自分のことを「価値のないニート」だと思っていました。
今でも、人の価値とは何なのか、その答えは分かりません。
仕事を失ったこと。
収入を失ったこと。
肩書きを失ったこと。
そして、自分自身に価値がなくなったこと。
私は、それらをほとんど同じものとして考えていたのかもしれません。
今も私は、成果を出したいと思っています。自分の力でお金を稼げるようにもなりたい。
それでも、成果が出ていない今の自分まで「価値のない人間」と決めてしまう必要があるのか。
最近は、そこを少し分けて考えるようになりました。
すぐに「自分には価値がある」と思えるようになったわけではありません。
自分の価値の答えがまだ分からなくても、自分を見る方法は一つではない。
今の私が言えるのは、そのくらいです。



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