人の目が気になって疲れるあなたへ|私が少しずつ楽になれた考え方

空を見上げる人物の後ろ姿 生きづらさ

人の目が気になって疲れてしまう。

そんな経験はありませんか。

私も中学3年生頃から
人の目を気にするようになりました。

学校でも
社会人になってからも

「どう思われているんだろう」

と考えてしまう毎日でした。

この記事では

私自身の経験をもとに

少しずつ楽になれた考え方を書きます。

もし今、

同じことで悩んでいる人がいたら

少しでも参考になれば嬉しいです。

人の目が気になってしまうのは、あなただけではありません

人の目が気になってしまう。

これを人に打ち明けると大きく2種類の反応が返ってくると思います。

「わかる。自分も同じだよ。」

「なんで?周りなんか関係なくない?」

この返答は私が実際に友人や周囲の人から受けたものです。

私と同じように感じる人もいれば、私と全く反対に感じる人もいる。

不思議ですよね。人によってこんなにも捉え方が違うなんて。

でも私はずっとそんな自分が嫌でした。

「変わりたい」「もっと強くならないと」

そんな思いを抱き始めたのは大学生のころでした。

私も学生時代から人の目を気にして生きてきました

私が大学2年生の前期の最終日。

急いで学生相談室(カウンセリングルーム)に駆け込みました。

(なぜ、駆け込んだのかは追々お話します。)

そこで、カウンセラーの先生に辛いこと、苦しいことを洗いざらい話しました。

カウンセラーの先生はただただ黙って頷いて私の話に耳を傾けてくれました。

そこから毎週木曜日にカウンセラーの先生のところへ通うようになりました。

何回か通っていくうちに先生とも様々な話をするようになり、自分の気持ちにも正直に答えるようになりました。

そんなある日、いつも通り、木曜日になり先生のところへ行き、何気ない話をしていると、

先生からこんなことを聞かれました。

「人の目を気にするようになったのはいつごろからかな?」

中学3年生のあの日から、私は人の目が気になるようになった

「へ?」

先生から聞かれたときは、そんなリアクションでした。

考えたこともなかった。

いつからなんだろう、こんなにも人の目を気にするようになったのは。

大学からの帰り道、ずっと頭の中で考えていました。

いつしか、そんな自分になっていた。というより慣れていた。

そういう思いがその当時は素直な気持ちでした。

家に帰って、試しに小学校と中学校の卒業アルバムの写真を見返したら、ある場面が蘇ってきました。

「ニキビ増えた?」

中学3年生のころ、ニキビが増え、友人から何気なく言われた一言を思い出しました。

そこから私の過去の見つめ直しが始まりました。

会社員になって、人の目を気にする苦しさが限界になった

大学を卒業し、就職しました。(会社員時代の話も追々したいと思います)

就職した会社は皆さま恐らく一度はお聞きしたことがある企業だと思います。

会社員時代は一言でいうと、限界に達した時期でした。

2年半で休職。

診断は「適応障害からくるうつ症状」。

なんなんだろう、俺の人生。

辛いというより、いなくなりたい。

そこからは何をやってもうまくいきませんでした。

人生どん底。本当は軽々しくこのような言葉は使いたくはありませんが、、

少しずつ楽になれた考え方

「みんなからよく見られたい」「いいやつと思われたい」「嫌われたくない」

あー、ずっと背伸びをして自分のことをないがしろにしていたんだな。

肩の荷が下りて、本当の自分自身と向き合ったとき、そんな思いが自然と出てきました。

なんでもっと早く気付かなかったんだろう。ださいな、恥ずかしいな、嫌だな、あのころの自分。

肩の荷が下りたのと同時に、自分自身に対して激しい自己嫌悪に襲われたのも事実です。

まとめ|人の目を気にする自分を責めなくていい

人の目を気にする自分を責めなくていいんです。

時には、辛いし、苦しいし、嫌になるでしょう。

私もあなたと同じ状況です。苦しいし、嫌になるし、今ももがき苦しんでいます。

でも、私のこの記事で少しでも同じような人がいると思ってくだされば幸いです。

そして、私の存在が少しでも、あなたの肩の荷を下ろすきっかけになれればうれしく思います。

人の目が気になることには、性格だけでは説明できない背景があるかもしれません。
私自身が「なぜここまで周囲の評価を気にしてしまうのだろう」と考え、気づいた三つの理由を、次の記事にまとめています。

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「人の目が気になって疲れる理由|私が気づいた3つの原因」

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